『甘い罠〜sweets trap〜』

+++written by RIBI様+++

 

  ────バンッ!☆
デスクの上に叩きつけられたのは、ありふれた女性週刊誌。
世の奥様層の好奇心を煽るように、誇張気味の見出しが所狭しと表紙を飾っている。
その表紙の一点を睨みながら、苦虫を噛み潰したような仏頂面の男がいらいらを押さえるように煙草を口に含んでいた。
「少し落ち着いて下さいませ」
やれやれ…という心の声が聞こえてきそうな宥めの言葉がかかる。
うるさいっ!と声には出さないまでも、視線でそう訴えかければ、会社の重役でも竦みあがる彼の睨みもなんのその。
彼女は平気な顔でさらりと受け流してしまった。
「マヤさんも年頃になられて、今は仕事も順調で、きっと女性として今が一番楽しい時期ですわ。少しくらい羽目を外されても、それは仕方ないというもの… ここは笑って享受 するのが大人の余裕というものでございましょう?」
さも当然の事の様に言われて、カチンとくる。
彼だとて頭では分かっている。
分かっていることを、他人に指摘されるのはなかなかに不快なものだ。
返事も返さず無言でぶすっくれる彼に、まだまだ怒りが和らぎそうにないと見て取った彼女は、今度は攻撃の角度を変えてきた。
「でも、実際問題として社長にマヤさんを責める資格がありますの?こんなに長い期間ほったらかして置いて…」
痛いところをズバリと突っつかれる。
「…好きで放っておいてるわけじゃない」
ぐっ…ときて、思わず絞り出すように言い訳をつく。
この手の話題で自分の分が悪いことは分かっているから、返す言葉も小さくなり気味だ。
「このスクープ写真にしても、社長が急に当日になって約束をキャンセルなさったのがそもそもの原因でございましょう。この上で更に怒られては、マヤさんがあまりにおかわい そう…」
「わかっているっ!!」
つらつらと流れる川の如くに流暢な彼女の口を止めるために、あえて声を荒げてみた。
だがしかし、彼女は彼の怒声など日常茶飯事で、耐性がついてしまっているわけで。
「社長の無体な仕打ちにも文句のひとつも言わずに我慢なさって… ですが、それに甘えてあんまりマヤさんを蔑ろにされてばかりでは、その内愛想をつかされましてよ。『速水さんは私よりも仕事の方が好きなんでしょ』と」
「な……っ!」
絶句した。
彼女は彼らの複雑な関係を昔から見知っていたという気安さで、時々小姑の様な小言ともとれる指摘を事あるごとに彼に投げかける。
しかし、ここまでストレートに言われたのは初めてだった。
「誰が好きで仕事ばかりしてるか!」
すでに最初からカッカッときていたが、今の彼女の言葉で一気にヒートアップした。
体内の血流温度が、確実に2・3度上がった気がする。
「あの日、俺は折角久し振りにあの子と過ごせるはずだったのに… 本当に久し振りだったというのに…! それを断って1日くたびれたジジィどもの相手にせにゃならなくなってしまったのは、あの時、出かけようとした俺に君が緊急連絡を入れてきたからだろう が!」
「それが私の仕事ですので」
キッパリと反論のしようのない風に言われるが、そんな事は彼だって百も承知だ。
承知の上で、理不尽な怒りを振りまいているのだ。
「大体だなっ、君は知ってるはずだろう! 俺がどれくらい長くあの子を想ってきたかを。ようやく手に入れて… それをだぞ!今になってもしか他の男にトンビに油揚げの如 くに浚われでもしたら…───」
口に出した途端、脳内にくっきりとそんなシーンが頭に浮かび上がり、空恐ろしさにぞっとしたものが背筋に駆け抜ける。
「そうなったら俺は狂う! あぁ、絶対に正気でいれるもんかっ。あの子は俺のものだ。 身体も心も髪の毛1本だって、他の男に渡してなどやるもんか。大人の余裕? そんなもんクソくらえだ!! 俺は怒る、心が狭いと言われても知るかっ。嫌なものはイヤ だ!!」
高らかに宣言するように吐き捨てた。
「だから落ち着いて下さいませ、社長。私に怒られてもしょうがありませんわ」
誰がここまで自分を怒らせたと思っているのか。
まんまと彼女の誘導尋問に引っかかってしまっている自分が悔しくはあるが、吐くものを吐き出して、内心かなりスッキリとしている気持ちもあるので、更に悔しい。
「そういう事は、やはりご本人に直接言っていただかないと…」
またしても分かりきっていることを言われる。だが、
「ねぇ? マヤさん」
視線を彼からすっと転じ、そんな事を言い出したものだから、一瞬耳を疑い、直後ぎょっとした。
彼女の視線の先には、社長室から応接室へと続く扉がある。
まさか…、まさか…っ!
 ───ガチャリ 恐る恐る開け放った扉の前には、予想通りというか、顔を真っ赤にして立ち尽くしている、話題の張本人がいた。
「…あの …あの …あのぉぉ」
ゆでだこの様になりながら、それでも必死に言葉を探している。
「…な、んで」
「社長にお会いしたいと、ずいぶん前からお待ちでしたのよ」
思わず発したその問いに、背後から答えが返る。
ぐるりと振り返れば、しれっとした顔で、申し訳ありません、と頭を下げられた。
「すぐお知らせするつもりでしたのに、社長がひどくご立腹で帰ってらっしゃるものですから、『つい』言いそびれてしまいまして…」
──…この女っ!!
文句が言いたい。言いたいが…っ、しかし!
背を向けた彼のスーツの裾のあたりを、躊躇いがちにツンっと引っ張る小さい手を感じれば、ぐっと言葉を飲み込むしかない。
「雑誌の件で、社長に弁明にいらっしゃったんだそうですわ」
説明を続ける彼女の声を、だがもう彼の耳にはとんと入って来はしない。
落ち着け、とりあえず、まずは落ち着け。
混乱した思考をなんとか宥めようとするが、そうする度先ほど自分が興奮したままに発した言葉の数々が頭に甦ってくる。
そのあまりに不味い内容を思い返せば思い返すほど恥ずかしく、またそれを当の本人に聞かれてしまったというのが…
カーッと、年甲斐もなく顔が赤らんでくるのが分かる。
まずい、まずい、まずい。
こんな顔、絶対に彼女に見られるわけにはいかない。
大人の余裕と威厳を保つためにも、 絶対に!
背を向けたまま、彫像の様に固まってしまった彼に、盗み聞きをしていた事を怒っているのだと思って、彼女は泣きそうな顔になって彼のスーツをぎゅっと握り締める。
「…ごめんなさい、速水さん」
コツン、と背中に彼女の額が押し付けられた。
久し振りに、ホントにホントに久し振りに間近で感じる、彼女の体温。
それがさらに顔の赤みを深めさせていってしまう。
どうしてくれる、いよいよ振り向けないではないか!

混乱をきたした彼と、その彼に赦してもらおうと必死な彼女。
その様子を笑いを堪えながら一瞥した後、有能秘書は静かに部屋を抜け出した。
一組の恋人同士を室内に残して。
その後は、二人っきり…──  
赤い顔を、彼女の目から隠すのに一番よい方法は…
彼は振り向きざまに、浚うように彼女の肩を抱き寄せる。
そして彼女は彼の腕の中へ 二人揃って赤い顔のまま、囁くのは甘いあま〜いお説教♪         

 

 

─Fin─

 


back

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO