『決意』

+++written by moe様+++

 

最上階にある社長室。静まり返った室内には、夕方から降り続いている雨音だけが響いていた。
眼下に広がる高層ビルと無数のネオンの光。
都会の星を散りばめたような夜景は、雨のせいか霞んで見える。
夜空は厚い雲に覆われ、今夜は月と僅かな星も眺めることもできない闇夜だった。

デスクの上に置かれた陶器の花瓶には、紫のバラが生けられていた。
全部で4、50本はあるだろうか・・・?
真澄は本皮のハイバックチェアーに腰掛けて、夜の光の下でバラをぼんやりと眺 めていた。
今日のシアターXで行われた紅天女の試演。無事に終えたことで、どうやら水城が飾ってくれたのだろう。
紫織との約束を守るため、紫のバラをマヤに贈ることができなかったことを、まるで優秀な秘書はお見通しのようだ。
真澄はふっと苦笑してコーヒーを口に運ぶと、もうすっかり冷めていて苦味だけが舌にまとわりつく。

部屋全体に美しい花の香りが漂っているせいか、甘やかな感傷を伴う。

―― 美しい薔薇よ 甘美な香りゆえに さらに美しく思える薔薇よ

媚薬のようなバラの香りが、そっと真澄に試演でのマヤの紅天女の幻影を伝えるかのようだった。

「おまえさまは もうひとりのわたし
わたしは もうひとりのおまえさま」

一真に一途な恋心を語っている阿古夜のマヤ。
舞台の上から眼差しが、自分に向けられているのがわかった。
やがて見つめ合うなかで、一瞬可憐な阿古夜のマヤが俺の目を見て優しく微笑むと、俺からも静かに笑みを返す。
ふたりの間には、心と心がごく自然に通い合うような穏やかなときが流れた。

――出会ったからにはどうして生きていきけよう、もう離れることはできない

まるで同じ時間を共有し、お互いの想いが全身から伝わってくるような・・・
幻覚ではない感触があり、この台詞が頭から離れることはけしてないだろう。

マヤの阿古夜が発しているまばゆい光と、神秘的な高貴さが漂う美しい天女の舞いに魅了され、陶酔した感情と胸に深く刻みついた感銘の想い。
言葉では到底語り尽くすことはできないくらいだ。
多くの審査員の賞賛を得て、紅天女はおそらくマヤに決まるだろう。

夢に向かってのびやかに翼を広げて、美しく白鳥のように大空に羽ばたいていくマヤ。
このままただ紫のバラの人として見守り続け、会社の利益のために結婚をする俺の人生。
本当に終生悔いは残らないだろうか?
様々なしがらみや懸念さが、真澄のなかで渦を巻いていく。
心の底から恋をして愛した女性。生涯唯一の最初で最後の恋。
一生叶わないと想っていた、たったひとつの願いを諦めてしまうことができるのか?
真澄は自分に言い聞かせるように呟いた。

ネクタイを首元から緩め、胸のポケットからいつものようにマルボロの煙草を一本取り出す。
唇にくわえて「カチリ」とシルバーのデュポンのライターをつけた。
夜の闇に点す小さな火、闇夜の灯火。
人差し指と中指の間に煙草を挟み深く吸い込んで吐き出すと、夜の閑静した部屋に白い煙がゆらゆらと立ち上る。
軌跡を視線で追うと、どこか行き場を失い彷徨い続けた、俺の魂のように思えてくる。

――この煙の向こうに映し出される「未来の行方」とは・・・?

 

 

確かに言えることは、婚約解消を申しでたら鷹通との事業提携の見直しや融資の件など、解消によって起こりうる大都グループ全体の損失は、まぬがれないだろう。
これらを万事憂慮しなくてはならない。
きっと抜き差しならぬところまで、追い込まれることは間違いないだろうから。
義父、鷹宮、親戚・・・敵陣がどのようにしかけてくるのか、そのことを肝に銘 じておく必要がある。
将棋でいうなら先手でいくか後手で攻めるか。
守りと攻めの駒の使い方を誤ったら、「王手」をかけられることを念頭に入れ、 駒組みのように、できるだけの準備と的確な戦法が必須だ。
会社とマヤを全精力をかけて必ず守るために。こちらが先に王手をかけ、相手の動きを封じてみせる。
だが一方では、紫織のことも誠意をもって考えなくてはいけない。
真澄は自らにいいきかすかのように、無意識のうちに唇を噛み締めた。

 

 

『全世界を引きかえにしても、必ずマヤを手にいれてみせる
世界中を敵に回しても、けして誰にも渡しはしない』
これからの俺の人生、共にマヤと生きていく。

――迷いや一点のゆるぎなもない俺の「決意」

 

 

美しく咲き誇っている紫のバラは、夜が更けるにつれて輝きが増してくるようだった。
椅子に背を凭れながらそっと瞼を閉じると、鮮明に紅天女の余韻とマヤの姿が目 に焼きついている。
手を伸ばして君に触れて、ぬくもりを感じたい。
今夜だけは明日のことは考えず、すべてが闇の中に消えていってほしいと願う。
心地よい響きで眠りを誘うような雨音とバラの香りに包まれながら、真澄は深い眠りに落ちていく。

 

――幸せな夢路にたどりつくために・・・

 

END

 

 


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