『一番欲しかったモノ』

+++written by RIBI様+++

 

--第2章--

ぱちっと目を覚ますと、もう外はすっかり明るくなって、カーテンの隙間から眩しそうな 光が差し込んでいる。
うわっ、やばい…! 寝過ごしちゃったかもっ!?
何時…?と、視線をぐるりとめぐらせると、首を捻った先に、すぐ間近に端正な寝顔とぶつかって、瞬間マヤの心臓を飛び上がらせた。
(は、速水さんっ? え、まさか…速水さんも、寝坊しちゃったのっ??)
幾分まだ寝ぼけていた頭に、心臓から一気に血液がめぐる。
ばっくんばっくんと打つ鼓動を、手近にあったシーツをぐっと握り締めることで、なんと か鎮めていると、しだいに思考がはっきりと覚醒してきた。
明瞭になっていく意識が、眠る前の事柄を詳細に思い出させてくれる。
そしてしばし後、ようやく落ち着いたマヤは、ほーっと脱力した。
(…そうだった。今日から二人そろって、お正月休みなんだったっけ)

 

式から一週間後、年末の狂気的なスケジュールをどうにかこなし、今日から二人揃っての 3日間の正月休みである。
新婚旅行代わりにどこかへ行くことも出来たが、遠方へ出かけるよりも、ただ2人でゆっ くりしたいというマヤの意向もあり、新居となったマンションでのんびり過ごす事に決め た。
実際、ただでさえ忙しい師走の年末に、式を幾分…いやかなり、無理矢理という感じで互 いのスケジュールにねじ込んだので、そのしわ寄せがその後の1週間に回され、真澄もマ ヤもかなり疲労していたのだ。
尋常ならざる多忙さは結局大晦日の日まで持ち越し、昨日も年の瀬最後の日だというのに、二人揃って1日仕事に追い立てられていた。
折角の新婚ほやほやだというのに、この新居で二人で過ごした時間など、まだほぼ皆無と いっていい。
という事で、昨夜は久し振り…どころか、結婚して以来はじめての、いわゆる彼らにとっ て『濃密な夜』だったのだ。

目を覚ましたマヤの横で、真澄は今もまだぐっすりと眠りについている。
その逞しい腕を、マヤの体にしっかりと巻きつけて、ぴったりと足も絡まされているか ら、マヤは下手に動く事も出来ない。
ふと喉の渇きを覚え、水が飲みたくなったマヤは、そーっと寝返りを打って彼の腕から逃 れようとしてみるが、無意識の中でそれを敏感に察知したのか、真澄が追いかけるように 寝返りを打って彼女を捕獲し、その腕の中から放そうとしてくれない。
起きてるんじゃないのか?と疑いたくなるところだが、すーすーと聞こえる規則的な寝息 と、変化のない穏やかな寝顔は、どうやら嘘寝ということもなさそうだ。
しょうがなく、大人しく彼の腕に包まれたままいるのだが、時々微妙な真澄の身じろぎ で、互いの素肌と素肌がこすれあい、その感触がなんだか妙に気恥ずかしい。
(これって、やっぱり速水さんのクセなのかなぁ…)
彼とベットを共にして眠るようになって、しばらくしてから、そんな風にマヤは思うよう になった。
次の朝自分の方が先に目が覚めた時も、ふとした瞬間夜中に目が覚めた時も、いつもほぼ 確実と言っていいほど、真澄の腕はマヤの体にしっかりと巻きついているのだ。
その腕の中に閉じ込めるように。
背後から背中越しに巻きついている時もあれば、うつぶせの自分の上に圧し掛かっている時もある。
しかしどんな体勢であろうと、彼が自分にぴったりと寄り添っている事だけは、変わりが ないのだ。
それとも世の他の男性も、男というものは、みんな真澄の様に自分の抱いた女性を抱きし めて眠るものなのだろうか。
真澄以外に男を知らない自分には、知りようがない。

彼の腕の中からちろりとサイドボードの時計に目を走らせれば、時刻はもうすぐ昼の12時 になろうとしている。
(うわっ! あーあ、すっかり寝坊しちゃってるよ…)
元旦早々からこの時間。元来、規則正しい生活習慣が身についているマヤは、お昼まで ベッドに横になっているという事にヘンな罪悪感に近いような気持ちが湧いてきてしま う。
もはやすっかり目が覚めてしまったマヤだったが、どうにも身動きもとれず、手持ち無沙 汰に頭は色々と目まぐるしく考え事が浮かぶ。
(え〜っと、仕事始めは4日からだから、それまでに台本完璧にしとかなきゃ…)
(あっ、そうだ! お休みの間に黒沼先生に御年始の挨拶に行きたいなぁ)
(そういえば、昨日せっかく買ってきたのに、お蕎麦食べ損ねちゃったよ。…なんか、お 腹すいてきちゃった)
マヤの思考は、そのまま昨日の記憶へと飛ぶ。
大晦日の仕事はマヤはそれでも比較的早い時間に終ったので、夕方には帰宅していた。
それからとりあえずシャワーを浴びて、日中にハウスキーパーが整理しておいてくれた手 紙を開けたり、届いていた○○ホテルのおせち料理を物色したりして、そうこうする内に ようやく真澄が帰ってきた。
一緒に夕食を食べて…で、それから、年越しまであと1時間だねっと言っていたら、とて も高そうに見えるワインを真澄が取り出し、1年間お疲れ様って乾杯して… そこまで思い出して、マヤはぼっと赤面してしまった。
それからは…いわゆる、時間の感覚が飛ぶような展開に発展していたのだ。
リビングでワインを片手にTVを観ていたら、いつの間にか隣の真澄にキスされ…そのまま、そこのソファに、押し倒され…… 結局、その後ベットルームへ場所を移してからも、幾度と無く続けられた。
考えてみるに、昨晩だけで、一体何度彼と肌を合わせたことだろう。
途中1時を差す時計が目の端に移り、あぁ年が明けたんだ…などと思ったような気はする のだが。
(そういや、速水さんに年明けの『おめでとう』も、まだ言ってなくないっけ…?)
ベットに横になりながらひたすら自分の思考に漂っていたマヤは、次の瞬間思わぬところ から大きな音を聞く。

   ぐぅぅぅううううう────

マヤのお腹から、盛大な腹の虫がなったのだ。
静かな無音の寝室に、その音は素晴らしく大きく鳴り響く。
うっ!と思って、慌ててお腹を押さえながら、おそるおそる真澄の顔を眺めやると、そう であって欲しくなかったのに、しっかりと彼は目を開けてしまっていた。
(なんでこーなるのよぅっ!)
と、内心焦りまくりのマヤは、誤魔化すように
「あっ…、え、えっと、その…おめでとうっ!」
と、素っ頓狂な声を上げて頓珍漢な事を言ってしまった。
真澄はちろり…とマヤと目線を合わせると、直後ニヤリと唇を歪ませる。
「正月早々、君のハラの音で起こされるとは思わなかったな」
その後真っ赤になったマヤから、枕を顔にぶん投げられるという応酬にあったのは、ま あ、しかたがないことだ。

 

「ねぇ、ねぇ、今日どーする? 初詣でも行く?」
遅い朝(昼)御飯として、おせち料理のお重を突付きながら、マヤは御機嫌に言ってくる。
さっきまでへそを曲げて膨れていても、食べ物に向かい合った途端、すぐ機嫌を直すのだから、その昔から変わらないマヤの単純さが、真澄としては愛しくてしょうがない。
「いや、言い忘れてたが、じつはこれからちょっと速水の屋敷に顔を出してこなくちゃな らないんだ」
起きしなには食欲が皆無な真澄は、元旦早々からコーヒーだけでの食事だ。
「え?あ、もしかしてご年始っ!? そ、そっか。じゃ…じゃあ、私も行かなくっちゃ …っ!」
曲がりなりにも真澄と結婚した身。夫が実家に赴くというのだから、当然自分も、とマヤ が慌てたように腰を上げると、
「あぁ、いいよ。昨日オヤジから俺に用があるからって呼び出し受けただけだから」
そうやんわりと真澄に断られた。
真澄はあくまで軽い調子で言うが、マヤは久しぶりの彼と一緒の休日という事で浮かれて風船の様に膨らんでいた自分の心が、ちくっと針で刺されて、しゅーっとしぼんでいくの を感じていた。
夢の世界から、急に現実に引き戻されたようだった。
気にしていなかったわけではない。
むしろ、ずっと心の片隅でじくじくと存在していたと いってよい。
真澄の父、英介の事は……
じつはマヤは、いまだ英介に一度も対面した事がない。
真澄にプロポーズされてからの婚約期間中、何度か挨拶に出向くと打診したり、実際出向 いたりしたのだが、その度に体調不良を理由に会ってもらえなかったからだ。
結局、そのまま、結婚式にも出席してもらえなかった。
真澄はその事について、あえて何も言わないが、英介としては…、きっと許せないのだろ うと思う。
よりによって自分などが…、ただのいち女優ごときが、大都の総帥の…たとえ義理といえ ど、ひとり息子である真澄と結婚するという事が。

それまでぱくぱくと元気に箸を動かしていたマヤが、急に眉をひそめてぴたりと動きを止 めたので、真澄は苦笑しながら彼女の頭をぽんぽんと叩く。
「2・3時間で帰ってくるから、その後にでも初詣に行こう」
明るい声でそんな風にいう真澄に、うん…と頷きながら、マヤはなんとか笑顔を取り繕 う。
色々聞きたい事、心配な事、沢山あるはずのに、いざ口を開こうとすると、いつもぐっと のどの奥にひっかかって上手く言葉が出てこない。
心のどこかで分かっているからだ、おそらく真澄は「大丈夫…君が気にする事はないよ」
そんな風に誤魔化してしまうだろうと。
真澄は優しい… ひどく、優しすぎるくらい、優しいのだ。

 

正月休みも明け、また忙しい日々が再開した。
マヤは新春から放送スタートの連ドラの撮影があり、それ以外にもいくつかのCM撮影も控 えていて、毎日がめま苦しく過ぎていく。
実際正月とはいえ3日間もの休みをもらえたのも、しばらくゆっくり休ませてあげられそ うにないから…というマネージャーの配慮によるものもあった。
撮影が深夜まで押したり、かと思えば日が昇る前の早朝からの撮影だったりなどで、マヤ は碌に家でゆっくりした時間を取ることもできずいた。
当然真澄といる時間もぐんと減ってしまったのだが…
しかし、どうやら真澄もひどく多忙な様だった。 彼が忙しいのはもはや当たり前のような事なのだが、それにしても新年明けからこっち、 尋常ではない忙しさなのだ。
会社に泊まりこむ回数が増え、大阪だ福岡だと出張に飛び回っている。
溜まる疲労も半端ではないらしく、帰ってくると倒れ込むように眠る真澄ばかり見ているような気がしていた。
(いくらなんでも、おかしいよ…)
ベットの中で、深夜1時を過ぎても帰ってこない真澄を思って、ぐるぐると思考を巡らせる。
(何であんなに忙しいんだろ? 前は出張もこれほど多くなかったよね… 大都の企画の 舞台って最近そんなに多かったっけ?)
自分が色々考えてみても、しょせん真澄の仕事の事など難しすぎてさっぱり分かるわけは ないのだが…
その時、ガチャガチャという音が聞こえて、キイッと扉が開く音が続いたので、真澄が 帰ってきたことをマヤに教える。
マヤはぱっとベットから抜け出ると、スリッパも履かずに寝室を出た。
「おかえりなさい」
当然眠っていると思い、いくぶん静かに音を立てないように行動していた真澄は、急に扉 が開いてマヤが顔を出したので、不意打ちに少し目を見開く。
「あぁ、まだ起きていたのか…」
ふっと微笑み真澄はマヤに近寄ると、ただいま、と彼女の頬に軽いキスを落す。
だがそうしてすぐ間近で見る真澄は、やはりひどく憔悴しているようで、マヤは心配に思 わず眉根を寄せてしまう。
「お仕事、なんか最近すごく忙しそうだね」
突然そんな事を言われて、マヤの背に回そうとしていた真澄の手が一瞬とまる。
見れば大きな目に不安の色を滲ませながら、じっと真澄を見上げているマヤの瞳とぶつかった。
「今までも…そりゃ、忙しそうだったけど…、ここまでじゃなかったもん。どうして?」
マヤは一心に彼を見上げる。
彼を心配しているのか、それとも彼があまりに忙しいことが心細いのか…おそらくその両方なのだろう。
子犬のように心もとないように見詰めてくるその瞳は、可愛がるなという方が無理だ。
腕の中で心ゆくまでぐりぐりとしたいくらいだが、とりあえず真澄は先に彼女を安心させることにした。
「年明けはだいたい忙しくなるんだ。毎年の事だよ。もうしばらくしたら、落ち着けると 思うんだが…」
そう言って軽くマヤの頬を撫でる。 一方あまりにもさらりと言われてしまって、マヤとしては拍子抜けしてしまった。
「そ、そう…なの?」
そういうものなのだろうか?
だが疑ってみたところで、真澄の仕事に対して全くの無知である自分には、彼の言葉をう のみにするしかない。
こんな時マヤは、つくづく自分は世界がせまい、と感じてしまう。
演劇一筋でずっと来たから、一般常識的な事(芸能社の社長業が一般常識かはさておき)に対して、あまりにもわからな過ぎるのだ。
女優業以外これといった仕事をしたことがないから、会社という組織のなりようもよくわかっていない。
ひどくあっさりと真澄に答えを言われて、ぼうぜんとしてしまっていたマヤは、いつの間 にか自分のパジャマをごそごそと真澄が弄っている事に一瞬遅れて気付く。
「な、何やってるんですかっ!?」
その時には、すでにマヤのパジャマのボタンは次々と外されて、真澄に手際よく脱がされ かけていた。
「折角起きて待ってくれていたんだ。久し振りに一緒に風呂に入ろう」
「ちょ、ちょっと…っ! 私もう入りましたってばっ!!」
ばたばたと彼の腕の中でいくら暴れようとも、一旦その気になってしまった真澄の前で は、それは無駄な抵抗だった。

 

そんな会話がなされてからも、お互い新年明けでばたばたと日々を過ごしている内に、時間は飛ぶように過ぎていく。
1月後、マヤは久し振りに大都芸能本社を訪れた。
今日はここで大都芸能の企画部の人と会う約束になっているのだ。
今年の初夏にオープン予定の大都の新しい劇場のこけら落とし公演の主演を、是非マヤに と請われ、とりあえず担当者と会って話しを聞く事にした。
この場合、いくら大都主催の企画だとしても、真澄から話しを持ちかけられる事はまずない。
プライベートと仕事をきっちりと分ける…という事は勿論だが、何より自分の納得した仕 事しかマヤが受け入れないということを、真澄はよく知っているからだ。
マヤが大都芸能の1Fのカフェの一席に落ち着くと、
「じゃあマヤさん、私受付に行ってきますので、ここで待ってて下さい」
マネージョーの凛子が、そういい置いて、足早にその場から立ち去った。
凛子はマヤより5つ年上で、もともとは秘書室で水城の元で働いていたのだが、マヤの大 都芸能入りが決まった時点で、彼女のマネージャーに選ばれた。
それは水城からの推薦もあったが、なにより凛子本人がマヤの紅天女を観てひどく感銘を 受け、彼女の強いの希望もあったからだ。
どことなく水城に似たところのある雰囲気に、そして真摯に自分に尽くしてくれるその誠実さに、マヤは今では絶大な信頼を寄せている。

マヤはカフェで一人、とりあえず注文した紅茶を飲みながらぼんやりと視線を彷徨わせていた。
昼下がりの穏やかな時間、カフェも多すぎす少なすぎずの人で、適度なざわめきがかえっ て心地いい。
今頃真澄は、このビルの最上階にて相変わらず怒声を響かせているのだろうか…
1月経っても相変わらず彼の仕事はずいぶんと忙しそうで、ここしばらくまともに顔を合 わせていないので、こうして思い出せば、途端会いたさは募る。
ふとマヤは『鬼社長』と呼ばれる会社での彼の姿を思い出し、自分に対する時の姿との ギャップに思わずクスリと笑いがこぼれた。

「─……速水社長がっ!?」
真澄のことを思い出していた矢先、まるでマヤの心を読んだかのように、ふっと耳に小さ な声が飛び込んできた。
んっ?と思い、首を伸ばして声のしたほうをちろっと伺うと、壁をはさんでさらに1つ デーブル向こうの席に、黒い背広姿の男が2人座っている。
一人は意外と年がいってそうで40代後半だろうか、そしてもう一人はいささか年若で、 それでも30代くらいの、二人ともいかにもビジネスマンという男達だった。
大都芸能の社員だろうか。 マヤはついつい耳に意識を集中させて、彼らの会話を盗み聞きしてしまう。

「あぁ、大揉めらしい。速水の血縁関係の幹部達が、今、えらく息巻いてるからな」
年配の男はかなり野太い声なので、本人は小声で話してるようだが、かなりハッキリと聞 こえてくる。
(…大揉め?)
「やっぱり、あれですか… 北島マヤとの結婚ですか」
ひょんなところで自分の名が上がり、マヤはびくっと身を強張らせ、思わず壁に隠れるよ うに縮こまりながらも、耳だけは大きくそば立たせてしまう。
「そりゃそうだろう。それまで鷹宮の令嬢と…で、もう完璧な後ろ盾を得て、グループの 後継者確実視されてたのが、一転女優なんかと結婚するんだから」
「養子といえども,、今まで文句の付け様のない跡取り候補だった男の、思わぬ失態…ですか。足元を救うなら今、ってところですかね」
マヤは聞き耳をたてながら、じわりと汗が滲んでくるのを感じていた。
「それに今回の社長の結婚で、鷹宮のほうからも事業に色々難癖が入ってるそうじゃない ですか」
「まあなぁ、向こうとしても面白くないだろうからな。『双方話し合いの結果、婚約を破棄に…』からたった半年で、だからな。大都よりも格上のグループとしてのプライドがあるんだろうよ」
「そうなると、マジやばくないですか?速水社長。内にも外にも敵だらけじゃないですか」
「せめて鷹宮、とまではいかなくても、そこそこの財閥令嬢と結婚してりゃよかったんだよ。縁談なんか、他にも山の様にあったんだから。なんだって…よりにもよって北島マヤ と結婚するかねぇ… まったく馬鹿な事をしたもんだ。いくら紅天女っていっても、しょ せんしがない女優じゃ、何の助けにもなりゃしないだろうに。なにも妻にしなくても、愛 人として囲うくらいにしときゃいいだろうに…」
「会長は、どうされるおつもりなんでしょうねぇ?」
「さあな。とりあえず鷹宮関係の問題は、すべて社長が陣頭で処理するように指示がでた そうだ。っていってもむこうも系列が多岐に渡ってるから、今かなり大変らしいぞ」
「はぁ〜… しかし、それってひょっとすると、責任を取らせたら…社長解任、なんて流 れになりませんか?」
「なんともいえんな、それは。…おっとっ!」
年配の男の方が、そう言った瞬間腰を上げ、入口から入ってきた人に向けて、軽く手を上 げた。
どうやら彼らの待ち人が現れたらしい。
彼らの話はぷつりとそこでお開きとなり、新たに現れた人物と共に、連れ立ってティー ルームを出て行ってしまった。
残されるような形となったマヤは、口の中がひどくからからに乾いて、思わず生唾をごくんと飲み込む。
指先は氷の様に冷え切り、抑えても抑えてもカタカタと小さく震えが起こってしまうの を、どうにも止める事が出来なかった。

それからすぐ後、凛子に伴われて企画担当者が数名現れ、詳細についての話しが始まったが、マヤは動揺が抑えられず碌に彼らの話しが頭に入らなかった。
先ほどの会話が繰り返し繰り返し思い出され、心臓がどくどくと大きく脈打っている。
  跡取りだった男の、失態…
  内にも外にも敵だらけ…
  しがない女優じゃ、何の助けにもならない…
  愛人として囲う…
  社長…解任…───
しだいに真っ青に青ざめていくマヤに、隣にいた凛子が気付き、驚いてマヤの顔を覗き込んだ。
どうしたの? 大丈夫っ!?と心配する凛子を横目に、マヤはひたすら自らの考えに沈み、混乱の渦に囚われてしまっていた。

 

 

─3章へ─

 

 


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